おっ、ゆっちゃん!

めずらしい光景ですね~。

ばこる1

香箱組んでいる・・・。




ばこる2

こんなにお行儀よく、香箱組むのは、この子にとっては
タイヘン珍しいこと。

ばこる3

しかもある程度の時間、組んだままっていうのも珍しい。

昨日は、自分の体よりだいぶ小さい箱に入っていたゆずさんですが。

自分で作る箱のほうが、はるかに上品に見えますよ。

ばこる4

・・・と言ってるそばから、崩しちゃったわねー。







うわぁ!

ばこる5

いきなり、なんなん?

この表情・・・。


(@ ̄□ ̄@;)



※くしゃみではありません。アクビの最終形です。





そうか。これは「道切り」なのか。腑に落ちた感があります。

道切り(結界)の民俗学的解説は、こちら→

それから、差別の根底には、少なからず疫病の流行があった、
ということも思い出しました。

人里離れた村が、一人の旅人によってもたらされた流行り病で全滅…
こういうことは実際にあった、と思います。
道切りは、そういう記憶から行われました。

しかし、いつまでも切ったままでは、村は立ち行かなくなる。

一度モノの交流を断ち切ってしまった村は、すぐに生活できなくなります。
飢えの心配や血族結婚の弊害など、
昔の人はそれなりに知恵を働かせて、バランスをとっていたはずです。

つまり現在の、閉鎖を実施した地方の首長たちは、
コロナ流行がある程度収束した時点で、
多数の犠牲者を出し、苦労を重ねた場所の首長と、
うまく歩調を合わせて歩んでいけるのでしょうか?

「こっちに来ないで!」と言ったきりで、何もしなければ、
選挙は安泰でしょうけれど、
地方としては見向きもされなくなる(観光業の衰退)、
あるいは、
ルール無視の無法者たちによって名所が蹂躙される、
獣害等で一次産業が大被害…とか、
あまり良くない予感ばかりがいたしまする。

他県から来てくれる医師がいなくなったら、そもそも
その土地の病院自体が即、立ちいかなくなるって、
言ってた人もいました。

分かってやっているのか?






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